From Tokyo, Japan. Web-Developer. Write some codes by Go/Scala And thanks everything around my self.

インターネット()をやめた / Quit THE INTERNET

インターネット()をやめた / Quit THE INTERNET

はじめに

インターネットをやめた話だけする。これはポエムだ。読む価値はない。

TL;DR

インターネットをやめたってお母さん言ったよね

インターネット()

以前から、インターネットに関しては以下のようなコンテキストを用いてきた。単語自体は別に僕が作ったわけでも紐付けを最初に始めたわけでもない。

  • 地獄インターネット
  • 虚無
  • インターネットをやめろ

ここで言う「インターネット」はインフラではなくSNSなどの特定インターネットサービスを指す。要するにTwitterとかFacebook。まぁなんかめんどくさいのでインターネット()という感じにくくっておく。

新年始まってそうそう、Joel Spolskyは以下のようなポストをしている。

Birdcage liners

このエントリで触れたい部分については、日本語で要約してdev.toに投稿してくださっている方がいらっしゃるので、読むのだるい人はこちらを読んだほうがいい。

ジョエル・スポルスキはなぜTwitterとFacebookから距離を置くのか

※ そういえばdev.toを散々もてはやした人間たちはdev.toを使っているのか?殆どのエンジニア()がもう見てもいないだろうが、一部の方はよく投稿されている。すばらしいことだ。

さて、Joel Spolskyの以下の文章は、非常に的を射ていた。端的にいうとまんまこれ。

Let’s start with Twitter. I used Twitter to keep in touch with friends and colleagues because I cared about them. Unfortunately, those friends mostly didn’t use Twitter to share happy news and tell me how things were going. They used Twitter for bumper sticker flame wars. These were not the thoughtful long essays on blogs of yesteryear. 140 characters is too short for that.

やめた

個人的な観測範囲でのTwitterを始めとする「インターネット()」への投稿は、もちろん自分がしてきた投稿を含めて、おおよそ知能や知性を獲得した人類が行為として行うものとして考えられないレベルのものと考えている。

短文投稿サイトは「議論をする場所ではない」が前提の場所であったが、もはや「議論をする気すらない」人間の集まりになっているのではないか。書いて有ることを字面での解釈すらしていない、自分の琴線にヒットする単語が目に止まったときに自分の記憶と感情をあるがままに吐き出す。ここに知性はない。

このようなコンテキストを持ち出すと、彼ら「インターネット()」の住人はこう言うだろう、「それはお前の観測範囲の話で、自分を写す鏡だ」と。自分もそのようなことを言っていただろうとも思う。おそらくそれは正しかろう。だが、わたし達はいつから『自分がそれを相手に言うほど高尚な人類になった』と錯覚していたのだろう?そんなことを言い出すくらいなら、もうやめたほうが良いのだと思ったのだ。

ということで、自戒の念ももちろんあるが、オエッとなったので、Twitter/Instagramはとりあえずアカウント削除。Facebookはメッセンジャーとして成立していたのでまだ削除はしていないし元々そこまで発信しているものでもないのでキープということにした。

ブログは書こうと思うし多少インデックスに引っかかって欲しい気持ちはあるためTwitterアカウント自体は再度作成したが、人間をフォローするつもりはない。さようならインターネット()

 

dev.toのパトロン()にならせていただいた /became a patron of dev.to

dev.toのパトロン()にならせていただいた /became a patron of dev.to

パッケージを細分化したGoのライブラリのテストをTravisCIで実行する

パッケージを細分化したGoのライブラリのテストをTravisCIで実行する